会社員時代は地味にOLしてました

会社員時代は地味にOLやってました

 

meikoplofile

 

 

めいこは大学を卒業してから、事務職として就職していました。
どこにでもいる普通のOLです。

 

OL時代は、とにかく時間が全くありませんでした。
毎日、毎日とにかく残業ばかりで、
家に帰るのも日付か変わってからでした。

 

6年間ほど勤めていたのですが、
この6年間の私はまさしく【ワーカーホリック】な状態でした。

 

【ワーカーホリック】

 

仕事中毒のこと。自分の健康や家庭・生活などをおざなりに

 

犠牲してしてまで無理して仕事をやりすぎる状態のこと。

 

私の毎日の生活は、

 

  • 毎朝5:00に起床
  • 支度を終えて5:45に家を出る。
  • 6:00の始発のバスに乗り電車を3回乗り換え
  • 8:45ギリギリに会社に到着。

 

会社が遠かったせいで、朝5:00に起きても到着は
始業15分前に到着するというかなり長距離通勤です。

 

終業は18:00と決まってたんですが、
実際は18:00に帰れることなんて一度もありませんでした。

 

毎月、月の半分以上は夜22:00まで残業をしていて

meikoplofile


また朝と同じように乗り換えて帰るので
帰宅は余裕で0:00を回っていました。
夜中の1:00近くに家に帰ることのほうが多かったですね。

 

残業 翌日はまた5:00に起きないといけないので
慌ててお風呂に入ってもちゃんと
取れる睡眠時間は2時間あればいいほうでした。

 

それに加えて、週休2日制と募集要項で
書いてあったにもかかわらず実際は
暗黙の了解の内に土日も出勤
ということが会社の中では決められていました。
休日出勤も当たり前でしたし、お盆やG.Wなんてものはありません。

 

おまけに年末年始は年始4日間休みとあった

meikoplofile


募集要項とはまるで反対で1月2日には
お正月真っ最中にもかかわらず
本社での新年会がある始末。

 

お正月も実質は3日から
休日出勤をしないといけないという
かなり劣悪な労働条件でした。

 

ちなみに、私はごく普通の事務職です。
事務職って、普通は週5で週休2日ってちゃんと決まっているはずなのに
私の会社はそんなことは一切ありませんでしたね。

 

プライベートの時間??

 

そんなもの全くありません。

 

普段の睡眠時間ですら2時間取れるかどうか、
土日がきても休日出勤で潰れてしまって体を休ませることもできず…
プライベートの時間なんて取りたくても取れません。

 

残業代もボーナスも出ません。

 

その上、好きな仕事じゃなかったことで努力もできません。

 

当然ながら、毎日怒られてばかりでした。

 

もうとにかく身体はヘトヘトでしたね。

meikoplofile

 

眠たい。けど、疲れすぎで頭痛がひどくて寝付けない。
こんな症状に悩まされました。

 

帰りの電車の中疲れすぎて立ったままでも
意識がなくなっちゃうぐらい眠いのに
家に帰ると全く寝れなくなってしまうんですね。

 

この寝たいけど寝れないっていうのがすごく辛かったです。
「次の日は朝5:00に起きるので寝過ごさないように
少しでも寝なきゃ」と思えば思うほど寝れなくて
疲れは全然取れずばかりの日々でした。

 

疲れすぎて食欲もなく入社して1年で体重が10キロほど落ちました。          

 

急激に体重が落ちたせいで体力もなくなり
体調を崩しやすくなりましたし、とにかくしんどいだけの毎日でした。

 

私が無理してでも会社にしがみついた理由

 

私は、正直辞めて
別の仕事をしたという気持ちがありました。

 

それなのに6年間も続けたのには理由があります。

 

それは祖母の言葉でした。

 

祖母は私が大学在学中の時から
よくこんな言葉を私に言ってました。

 

「めいこちゃん、絶対に正社員じゃなきゃ駄目よ。
これからは何が何でも辞めちゃ駄目よ。
辞めたら安定した道は閉ざされてしまうんだから少々体がきつくても辛くても
絶対に辞めちゃ駄目。人生、正社員であれば最後は幸せになれるから」

 

ということを私が学生時代の頃から何回も何回も言っていました。

 

 

そして、私の就職先が決まったときは

 

「よかった。ちゃんと正社員になれてこれでもう大丈夫。
後は、真面目にしていればもう安心だから人生も安定だわ。本当によかった」

 

ということを言っていましたね。

 

その後、私が社会人になった時も何かにつけては

 

「めいこちゃんは正社員だから大丈夫よ。
定年まで辞めなければそれだけで安定なんだから」

 

「しんどくても絶対に今の正社員のところを辞めたら駄目よ」

 

と言い続けていました。
まるでもう呪文または洗脳のように。

 

祖母が何回も何回もこう言うには理由がありました。

 

それは祖母の甥っ子にあたる人が
大学卒業後、公務員になったのにもかかわらず
甥っ子の奥さんが反対したせいで辞めてしまいました。

 

その後、再就職をしようにも思うように職が見つけられず
現在も不安定な状態でいることに祖母はとても心を痛めていて
せめて孫はそんなふうになってほしくないという思いがとても強かったのです。

 

きっと祖母は私のことを思って言ってくれていたとは思います。
それは感謝すべきことだと思いますし祖母のことは大好きです。

 

けれど、この祖母の言葉は

meikoplofile


ものすごく重荷でしかなかったです。

 

言われるたびに苦痛でしかなかったです。

 

それでも私は
「祖母をこれ以上悲しませたら可哀想」
と思い6年間我慢し続けていました。

 

 

社員が続々と辞めていき私も体調の不調が現れる

 

そんな激務な職場環境の中でしたので
社員の入れ替わりも激しかったです。

 

勤務中に倒れてしまい救急車を呼んで
タンカで運ばれていった女子社員がいたり
過労からくるストレスで急性脳出血を起こし
倒れた営業の男性社員もいましたし
移動先で病気になり亡くなってしまった人もいました。

 

私自身も日々のハードな勤務のため

 

  • 疲れすぎて夜なかなか寝付けない
  • 食欲不振
  • 昼間に急に酷い眠気やめまいに襲われる

 

といった症状が出てくるようになりました。
体重も入社当時から10キロも激減。

meikoplofile


急激に体重が落ちたせいで体力や筋力も
落ちてしまい風邪や
持病の喘息にかなり苦しみました。
酷い時は夜ごはんを食べても
受け付けなくて嘔吐するときもありました。

 

仕事に行く朝に急にめまいがきて
歩くのも立っているのも困難になり
急遽、会社へ連絡して遅れるという連絡をしたこともあります。

 

仕事中に突然動悸が始まって苦しくなったり
ふと、意識が知らない間にぼーとなってしまい
そのせいでミスを連発したり・・・

 

上司や取引先の人のことが話している内容が
聞いていても頭に入ってこなくなり重要なことを忘れてしまったり・・・
まともに仕事をすることができなくなってきたんですね。

 

いくら自分をごまかしてもごまかしきれず、
この当時、私の心と体はかなり疲れ切っていたように思います。

 

 

上司からのパワハラ続きにとうとう限界がくる

 

しかし、体力的な辛さよりもっと
辛かったのは人間関係ですね。
元々、私の部署は社員同士の陰湿な
いじめや上司のパワハラが蔓延してました。

 

みんな毎日上司に怒られないように
怒られないように息をつめていました。
上司には 腫れもの扱いのごとく接しつつ
それでも上司からのいじめかとも思えるようなパワハラ
社員への罵倒はいつもありました。

 

「お前は使えない人間だ」
「この会社に必要ない」

 

と言いながら時には社員の机や
足元を蹴りながら怒鳴りつけてました。

 

それに加え影ではお互いの悪口を言いあう社員達。
相談できるような人は誰もおらず
私自身も毎日いわれのない上司からの
怒鳴り声を浴びて何回もトイレで泣きました。

 

次第に上司へのプレッシャーが
大きくなり耳鳴りがすることもありました。
こんな会社の中で今後もずっとやっていくのかと
思うと毎日が嫌でたまりませんでした。

 

遂にある朝、激しい嘔吐と動悸で出勤できなくなり
家族に病院に連れていかれたところ
『うつ病』と診断されてしまいました。
この時はもうショックでしたね…。
とうとう自分もなってしまったかと。
この当時はもううつ病になってしまった
自分自身が嫌で嫌でたまりませんでした。

 

  • 仕事も満足にできなくて、上司に怒られる自分
  • 女性社員から陰口を言われる自分
  • うつ病と診断されてしまった自分
  • 祖母のお願いを聞くことができなかった自分

 

そんな自分が大っ嫌いで

meikoplofile


「こんなんだったらいなくなったほうがいいじゃん」
なんて思っていたぐらいでした。

 

また、私が休職している間に
会社の上司から携帯に連絡が入ってきたり
時には私の家にまで訪ねて来る時もありました。
うつ病
当時の私にはもう重荷でプレッシャーでしかなくて・・・
家に訪ねてきた時はベットの中で
息を潜めて居留守を使ったこともあります。

 

その影響からか私は
「今、外に出たらどこかで会社の人が
陰から見張っているんじゃないだろうか?」

 

なんていう恐怖心を感じるようになり
外に出るのも嫌になってしまいました。
心療内科に通うのも
情けないことに親に車で病院まで
送ってもらわないといけない状態でした。

 

担当の先生からは
「今は、とにかく心と体をゆっくり休めていこう」
と言われしばらくは自宅で療養する日々が続きました。

 

めいこのプロフィールメニュー

 


 
めいこのメインブログへ戻る めいこにメールする メルマガはこちら シリウスの詳細はこちら